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   一 突然目覚める神秘の力 その一

「はーい、オーライオーライ! もーちょい、もーちょいバック!」
 威勢のいい怒鳴り声と、間断ないモーター音が喧しく交差する。その山では
今、山肌を切り開いての宅地造成の真っ最中だった。
「はーいオッケー、ストーップ! ほんじゃ始めてくれ!」
「はいよー!」
 監督の声に従い、パワーショベルが山から削り取った土と砂利をトラックの
荷台に積み込んで行く。
「さってと……」
 作業が続く中、監督は開発計画書を広げてあれこれと思いを巡らせる。
「……しかしまあ、こんな田舎の山まで宅地に開かにゃならんとは……やれや
れだねえ」
 呆れたような、諦めたような口調でこんな事を呟いていると、
「小林さーん、ちょっとお!」
 作業員の一人が声を掛けてきた。監督は計画書を筒状に丸めてそちらに向か
う。
「どした?」
「土の中から、変な岩が出て来たんですよ」
「変な岩あ? どれ……」
 言いつつ、作業員の指し示す物を見ると、確かにそれは奇妙な岩だった。大
きさは、大体座り込んで身体を丸めた大人程度。こう言う現場で岩にぶつかる
のは珍しくもないが、この岩はかなり奇怪だった。
「なんだこりゃ?」
 掘り出された岩の表面には。びっしりと何かの模様が刻まれていた。文字の
ようにも見えるが、形が奇怪すぎてとても読めそうにない。しばしそれを観察
した監督は、丸めた計画書で肩を叩きつつ顔を上げた。
「確かに妙だが……とにかく脇によけとけや。岩一個に構って、作業遅らせる
訳にはいかん」
 それから、当たり障りのない指示を出す。作業員はこれに頷いて答え、そし
て、造成現場の作業はいつもと同様に進められて行った。

 そしてその日の深夜、作業員たちも引き上げ、しん……と静まり返った造成
現場に、一つの異変が起きていた。
 オオオオオン……
 低い唸り声のような音が、周囲に響いていく。音の源は、昼間掘り出された
あの奇妙な岩塊だった。
 オオオオオン……
 岩がまた唸り、やがてその表面がぶるぶると震え始めた。
 ピシッ……
 乾いた音と共に、その表面にひびが入る。
 ピシ……ピシ……パキイっ!
 細かなひびは、瞬く間に岩全体に走る亀裂となった。そこから、鈍い光がも
れ始める。それと共に最初は低かった唸りが甲高くなり、やがて、大気を激し
く震わせるまでに至った。
 キィィィィィィィィィィィィィィィィッ!
 悲鳴にも似た甲高い音が激しく大気を引き裂き、岩からもれる光が強くなる。
 ……パキィィィィィィィィンっ!
 そして、一際大きな音と共に、奇怪な文様の刻まれた岩塊は砕け散った。そ
れに伴って音は鳴りやみ、後には静寂が立ち込める。
 そして──
「ついに、目覚めの刻が来たか……」
 低い呟きが、闇の中にこぼれた。先ほどまで岩があった所に、人影がうずく
まっている。今の呟きを発したのはこの人影のようだ。
「それにしても……ふん」
 ゆっくりと立ち上がり、周囲を見回すと、その人影はつまらなそうに鼻を鳴
らした。月の静かな光に浮かび上がるその姿は、まだ若い男の物だ。
「……しばらく見ない間に……随分と、わたし好みの世界になったようだな、
ここは」
 呟いて、ひょい、と手を空へ差し延べる。その手の上に鈍い光が集い、周囲
を照らしだした。ぼんやりとした光の輪の中に、工事機械が浮かび上がる。
「ふむ」
 呟きと共に、手の上の光を手近なブルドーザーに投げつける。光が触れた途
端、頑健な工事機械がべしゃり、とひしゃげた。その結果に、男は満足そうに
口元を歪める。
「はっ!」
 続けて二つ、三つと光の球を作りだし、立ち並ぶ工事機械を潰していく。一
通り機械を潰すと、男は実に満足そうに頷いた。
「これなら……勝てる。今度は遅れは取らんぞ、ルィオラ……我が宿敵」
 満足げな呟きと共に、男は手に集めた光で自分を包んだ。一際強い閃光が、
刹那、周囲を埋め尽くす。光が消えた後には男の姿は無く、後にはただ、ひし
ゃげた工事機械と砕けた岩の破片だけが残されていた。
 この状況に翌日、作業員たちが頭を抱えたのは、言うまでもない。

 ……ゴウっ!
 大気を激しく震わせて、炎が目の前を飛び過ぎた。
「……くっ!」
 その炎をぎりぎりの所でかわす自分──しかし、その姿は自分とは似ても似
つかない。肩の所に咆哮する龍の頭を形どった鎧を着て、頭にはやはり、龍の
頭部を模したと思われるバイザー付きのヘッドギアを着けていた。
「……やるな……ならば、これでどうだ!」
 炎をかわした自分は膝を突いたまま、手にしたやたらと刀身の長い刀を上へ
と振るった。それに応じて突風が巻き上がり、続けて襲いかかってきた炎を絡
め捕った。
「……行けっ!」
 立ち上がりつつ、刀の切っ先を敵へと向けると、炎はそれを放った者へと牙
をむいた。
「なんのっ!」
 対する敵──似たようなデザインの鎧を着た若い男は、にやっと笑ってそれ
をかわした。その回避の動き──それは、夢の中の自分が待っていたタイミン
グだった。
「……これで終わりだ、レヴィオラ!」
 叫びざま、地を蹴って高くジャンプした自分は、左手に握っていた鈴を敵に
投げつけた。そしてそれを真っ向に見据えつつ、両手で構えた刀を振り下ろす。
振り下ろされた刀から、美しい光の帯が放たれる。それが宙に舞う鈴を捉えた
瞬間、七色の閃光が瞬き、大きな力の渦が生まれた。
「しまっ……」
「地の底深くに眠れ、混沌龍王!」
「お、おのれえええっ!」
 絶叫と絶叫が交差し、光が爆発する。その光の中で、敵の身体が灰色の物体
に覆われ、やがて岩の塊に姿を変えるのが、やたらと良くわかった。
 それが、戦いの終わりを示しているのはわかる。そして──それは、力の限
界。
「くっ……」
 風の吹き抜ける荒野に、自分が膝を突く。

「……お早うございまーす!」

 不意に、夢とは全く無縁の声を感覚が捉えた。目が覚めようとしているらし
い。
(って、ちょい、待ったっ! ラストまで見させろっ!)
 目を覚ましていく感覚に向けて、烈気は無意味な文句を言った。

「あら、お早う朱美ちゃん。烈気、起こして来てくれる?」
「はあい」

 その間でも、下ではいつもの会話が繰り返されている。もうすぐ嫌でも起こ
される──と思った時には、既に遅く。

「烈気! 朝だよ起きて!」

 幼なじみの朱美の声が意識を覚醒させ、夢はしり切れとんぼのままに終わっ
てしまった。

「……何よ、その恨みがましい目つきは?」
 視線を合わせるなり、朱美は呆れたような口調でこう言った。身体を起こし、
ベッドに胡座をかいた烈気は恨みがましく幼なじみを睨みつける。
「い〜とこでジャマしやがっておめーは……」
「はあ? 何言ってんのよ、あんた? とにかくさっさと顔洗って、着替えて
ご飯食べなさいよ、遅刻するつもり?」
「……うるせえなっ! 言われなくてもわかってるよ!」
 朱美が勝手にビニールロッカーを開け始めたため、烈気は慌ててベッドから
飛び下りた。朱美はそう、と言って、中から出したタオルを烈気に渡す。
「じゃあ、あたし下で待ってるから。早く支度しなさいよ」
「わかってるっつってんだろ!」
 憮然とした面持ちで、ひったくるようにタオルを受け取った烈気は、肩を怒
らせて洗面所に向かった。
 烈気が階下に下りて行くと、朱美は机の上に目を走らせる。案の定、机の上
には真新しい教科書がそのまま積んであった。朱美は、世話が焼けるわね、と
呟きつつ、今日の授業で使う教科書とそれに合わせたノートを烈気のバッグに
入れてやった。
「こら! 人の、勝手に開けるなよっ!」
 そこに戻って来た烈気は、慌てて朱美の手からバッグをひったくった。
「別にいいじゃない。それとも……あたしに見られちゃ困るような物でも、そ
の中に入れてるワケ?」
「うーるーせーえっ! 着替えるんだから、とっとと出てけよ!」
「はいはい」
 くすくす笑いながら朱美が行ってしまうと、烈気はバッグを置いて制服に着
替え始めた。
「ったく、お節介焼きが……」
 ぶつぶつと文句を言いつつ、やや長めの髪を紐で括って尻尾を作る。それが
済むと、烈気は上着とバッグを持って下に下りて行った。
「おはよー」
「ああ、おはよう、烈気」
 新聞から顔を上げて微笑む父・弘毅と挨拶を交わしつつ、何気なくテレビを
見た烈気はきょとん、と目を丸くした。
「なんだ、ありゃ?」
 テレビにはちょうど、不自然にひしゃげた工事機械が映し出されていた。聞
くともなしにレポートを聞いていると、隣町の造成現場で使っていた作業機械
が、突然こんな有り様になってしまったらしい。見るからに頑丈そうな作業機
械が並んで潰れている様は、中々凄まじい物があった。
 やがて画面は切り替わり、いかにも生真面目そうなキャスターが次のニュー
スを伝え始めた。取りあえず次の話題には興味がわかなかったので、烈気は食
卓について朝食にかかる。
「烈気、お行儀悪いよ」
 茶碗の中身をかき込む烈気に、隣でお茶を飲んでいた朱美がこう突っ込んだ。
烈気は口の中の物を飲み込んで茶碗を置き、みそ汁を啜ってから横目で朱美を
睨んだ。
「いっちいち、うるせーなー……」
「何よ、おべんとつけて威張らないでよね」
「へ?」
 言われて頬に手をやると、確かに飯粒が頬についていた。烈気はやや決まり
悪そうにそれを口に入れ、腹立ち間切れにキュウリの浅漬けに箸を刺した。
「ちゃんと、挟んで取りなさいよね」
「細かい事、気にすんなよっ!」
「するわよ! だいったい、ちっちゃい頃から同じ事言ってあげてるのに、な
んで治らないワケ? まったく……あたしが面倒見たげないと、なぁんにもで
きないんだから、烈気は」
「……だ、誰も、面倒見てくれ、なんて言ってねーだろっ!」
「何よお、そういう事言うと、もう迎えに来てあげないわよ!」
 朱美のこの言葉に、烈気が反論しようとするのを遮って、
「ほら烈気、早くご飯食べて! せっかく早く起きたのに、遅刻しますよ!」
 母の麗子がこんな言葉を投げかけてきた。烈気は憮然とした面持ちで食事を
続ける。
(ったく、ほんっとに一々うるせえんだから、こいつは……)
 声に出して言うとうるさいので、心の中でこんな事を呟きつつ、烈気はベー
コンエッグにかぶりついた。烈気の食事が済んだ所で、二人は連れ立って玄関
に向かう。
「行ってきまーす」
「それじゃおばさん、行ってきます!」
「はい、行ってらっしゃい。朱美ちゃん、烈気の事お願いね」
「母さんっ!」
「はい、わかってます」
「朱美、お前なっ!」
「ほら、行こっ! 遅刻しちゃう!」
 憮然とする烈気を軽くいなすと、朱美はその手を掴んで走り出した。柔らか
い手の感触に、烈気は思わずどきりとする。
「わっ……手、引っ張るなよ!」
「こうでもしないと、ついて来ないクセに!」
「う、うるせえっ! とにかく放せよ、ガキじゃねえんだぞ! お手て繋いで、
ガッコに行けるかよ!」
 照れ隠し半分にこう怒鳴ると、烈気は朱美の手を強引に振り払って大股で歩
き始めた。朱美はくすくすと笑いつつ、それに続く。

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